電子書籍で年間1000万円稼げちゃいました ―― 漫画家・鈴木みそさんインタビュー(前編)

インタビュー
(C) 鈴木みそ / eBookJapan (『Web Magazine KATANA』 2013年5月号より)
©鈴木みそ/eBookJapan(『Web Magazine KATANA』2013年5月号より)

 Kindleストアのセルフパブリッシング(KDP)で年間1000万円を稼ぎ、大きな話題になった漫画家・鈴木みそさんへのインタビュー、前編です(約1万字)。後編はこちら

『でんしょのはなし』は『ナナのリテラシー』のベース

―― 私が鈴木みそ先生に初めてお会いしたのは、確か2013年3月に阿佐ヶ谷ロフトAで行われた「電子マンガサミット」でした。

鈴木みそ(以下、みそ) あーはいはい、あの時でしたか。イーブックジャパンの鈴木雄介会長が大暴れしてましたよね。

―― こちらですね(みそ先生が描いた、鈴木雄介会長が登場する『Web Magazine KATANA』2013年5月号掲載の『でんしょのはなし』をiPadで見せる)。

みそ これ、こんど本になるんですよ。年末くらいに。

―― おお! 楽しみです。

みそ これって実は、『ナナのリテラシー』のベースになってるんですよ。インタビューで聞いた話をまとめて、落とし込んでる。取材そのままの話と、フィクションに加工した話はこういうふうに違うよ、みたいな。

(※編注:イーブックジャパンの電子雑誌『Web Magazine KATANA』で連載している『でんしょのはなし』は、講談社『Dモーニング』の担当者や、コルクの佐渡島康平氏、ピースオブケイクの加藤貞顕氏など、主に電子出版関連で活躍している方々にインタビューした内容を漫画形式にしている)

―― 電子マンガサミットって、みそ先生がKDPを始められてブレイク直後くらいの開催でしたよね。

みそ そうそう、すぐでしたね。一瞬バーッと売れたけど、まだこれからどうなるか分からないっていう状況でした。

―― 一緒に登壇された赤松健先生も、当時はまだかなり「電子書籍」に対し懐疑的でした。

みそ そうですね。でも、あのときに赤松先生が言ってた懐疑的なものって、まだそのまま業界内に生き残っていて、なかなか後に続く人が少ないんですよね。

―― そうですよね……でも電子マンガサミットの後にブログで「ここで満足せず、このまま1000万円を目指す!」と書かれて、有言実行、見事に年間1000万円到達されました。

みそ ギリギリでしたけどね。それで、そのことについての本を出したんですけど、これがね、売れてないんですよ(泣)

―― あれ? そうなんです? 私は、一気に最後まで読んでしまったくらい面白くて、出版に関わる人は全員読むべきだと思ったんですけど。

みそ 面白くできてると思うんですけどねぇ……ネームバリューの問題なのか何なのか。かなり刷ったわりには、ぜんぜん本屋で動いてないんです。電子版は分からないんですけど、紙が頭抱えるほど売れてないって話。どうやって宣伝していこうかな。

―― そうなんですか……では、このインタビュー記事にも、しっかりリンクを入れておきますね。

みそ そうですね。そこで買っていただけるとありがたいな。

まだ電子だけで原稿料すべてはまかなえない

―― 今年のセルフパブリッシング売上はいかがですか?

みそ 1月に、1000万円到達の記事を出してバズったときに、『限界集落(ギリギリ)温泉』などの既刊がまたかなり動いたんですよ。びっくりするほど売れて、2~300万円いっちゃったんです。この勢いなら、既刊だけで去年の半分は堅いと思います。

―― おお、素晴らしいです。

みそ あと、新しく出した『ナナのリテラシー』が、当初1000~2000部くらい売れました。ピークが過ぎてだんだん売れ行きが緩やかになったときに、アマゾンの日替わりセールに入れてもらって。それで、1日で2400部くらい売れたんですよ。アマゾンランキングで3日間くらい1位をキープして。目立つからまた売れて。トータルで確か、6000部超えたかな。

―― うお! すごいですね。

みそ 電子の1冊で6000部ってかなりの数字ですよね。紙の単行本は、2万部刷ったのがまだ残ってるのに。紙は700円弱の本なんで、2万部の印税が130万円くらい。それを電子の6000部で既に超えちゃってる。もっともこれは、70%の印税率で出しているからというのもありますけどね。

―― あーなるほど。『ナナのリテラシー』の紙版は出版社からですが、電子版はみそ先生が直接出されてますからね。

みそ ただ、電子だけで原稿料すべてをまかなうことは、まだできないです。僕の原稿料はページあたり2万円なので、1冊あたり400万円弱。それとは別に単行本の印税。その合計額をすべて電子版だけで稼げるなら、雑誌で連載する必要がない状況まで持っていくことができる。でも、まだそこまで電子は売れてない。

―― 『ナナのリテラシー』電子版は1部400円ですから、6000部で印税が168万円。制作コストを考えても、電子版だけの稼ぎで食べていくのはまだ厳しそうです。

みそ これが、電子版だけで1冊あたり2万部売れるようになると、雑誌で連載する必要がないくらいの領域に入ってくる。そういう状況になると、また方向や仕掛けが変わってくるかもしれない、と見ています。

―― いまでも例えば、『コミックウォーカー』や『マンガボックス』のような無料配信の連載で認知をとって、単行本を売るモデルが出てきています。

みそ そうですね。でもあれはまだ、最終的に紙の単行本のセールスで稼いでますよね。電子の無料配信だけで考えると、みんな赤字。「原稿料ってちゃんと出てるのかな?」と思って、いろんなところで聞いてるんですけど、実は紙とそんなに遜色ない金額が出てるみたいですね。

―― 小学館の「裏サンデー」は、紙よりたくさん原稿料払ってるそうですね。

みそ元々、紙の雑誌は赤字垂れ流し状態だから、ウェブが同じように赤字垂れ流しでも、紙の単行本が売れればいい。でもこれが、電子雑誌で描いたものを電子書籍で回収するというモデルになったら、書店やら何やらいろいろ必要なくなる。だから、そこがここから先どういう方向に行くのか、非常に興味深いところですよね。

―― 書店がなくなってしまうと、紙の単行本で回収するモデルが崩れますね。いまはまだ全国に届けるには、出版社や、取次、書店の力が大きいように思います。

みそ 全体の体力が落ちてきて、仕組みが壊れかけてきてる。「出版は文化である」みたいな存在価値があったのは間違いないんですけど、だんだん電子の流通になっていったときに、乗り換えられるものは乗り換わっていくというところで、より広がっていけばいいんじゃないかと思うんです。

電子は作家自ら積極的に告知をやらなきゃいけない

―― みそ先生は、成功事例を積極的に公表してますね。

みそ あれね、公表したことによって成功したとも言えるんですよ。

―― あ、確かにそうですね。うまく循環しているというか、ある意味それが告知活動にも繋がっているとも思います。でもその成功事例を見ても、なかなか後に続く方々が出てこない。なぜだとお考えです?

みそ 何人かは続いてきたけど、思ったほど売上いかないのがマイナス要因なのかな。僕の場合、情報を出すことと告知がセットになっていたからうまくいったのであって、普通にこれまであった紙の本を電子化しました! って言っても、そんなに売れるわけじゃないんですよね。出版社から出しても「みそ君、電子化したけど売れないよ?」っていう声を結構聞くんですよ。書店に置けば売れる紙の本に対して、電子は作家自らが販売活動や告知や広告を積極的にやらなきゃいけない分野なんです。

―― ええ、そうですよね。手間がかかる。

みそ 『ナナのリテラシー』は2巻でゲームの話が終わって、3巻で電子書籍の話に戻るんですけど、いま非常にシビアなところを描いてるんです。ちょうど去年のいまごろの僕のスタンスで、「漫画家 〝鈴木みそ吉〟 が、これから次の手をどう打つか?」ってときに、「他の漫画家はなぜ後へ続かないんだろう?」というテーマで。

―― あ! まさにそこを描かれるのですか。

みそ そう。出版社の庇護下から抜け出すには、やはりリスクがある。実はそれほど大きなリスクではないんだけど、大手の出版社は引き戻しにかかってくる。作家がみんな独立していったら、出版社は困るわけですよね。たぶん僕が知らないところでも、他の作家にいろいろ言ってるだろうな、と。

―― 綱引きが始まっているわけですね。

みそ 紙の単行本は出版社だけど、電子版は僕が直接出すという話が、僕はできました。だけど出版社からは、「みそ先生はもう仕方がないけど、新人がこれから漫画を発表するとき『紙は出版社で、電子は自分で』なんて言い出したら、全力を挙げてそれを止めます」と言われてます。

―― ああ……そうでしょうね。

みそ 「我々はあなたを特別扱いしてるんですから、それを一般論に広げることはやめてください」って。そして「そういうことを新人が言い出したら、我々としても『連載をする枠はない』と判断しますよ」と。「じゃあ、KADOKAWAは今後、紙と電子は全部ひっくるめて一緒に出す包括契約ってことですね?」と。

―― でも、たぶんそれは、どこの出版社も同じ方向性じゃないでしょうか。

みそ ですよね。どこも同じように、締め付ける。そこからあえて飛び出すほどのメリットがあるのか? というところなんです。『ナナのリテラシー』1巻で〝みそ吉〟が悩んでいたのと、同じ問題にぶつかっていく。出版社と戦争して、仕事が打ち切られてしまっても大丈夫なのか。追い詰められた人はやるでしょうね。あと、後腐れがないと思ってる人。

―― ちょうどいま制作をしている(※インタビュー当時)『月刊群雛』先月号のインタビューが、『あにめたまえ!天声の巫女』のRebisさんなんです。

みそ ああ! あの方は喧嘩してやめてますよね。同じように漫画家で出版社と喧嘩してる人、何人もいますよね。例えば『ブラックジャックによろしく』の佐藤秀峰さん。「俺はこのままいくんだ! 編集はくそったれだ!」って敵対するタイプと、中間にいる人と、出版社寄りな人で、ちょっとずつスタンスが違いますよね。僕は「戦争もあるよ」と言いながらも、穏健派路線なんです。

どじょう鍋で豆腐に逃げ込むようなもの

みそ 僕がKDPを始めた当時、何人かの漫画家に「やりましょうよ!」と勧めて、「なんだったら、僕が作ってあげてもいいよ」なんて話をしてたんです。そのとき、じゃあ僕の取り分を何%にしようかって話があって。その辺りをいま『ナナのリテラシー』の連載で描いてるんです。編集部と「さすがにここまで描かないで!」みたいな綱引きしてます。

―― あははは(笑)

みそ 漫画の中の 〝鈴木みそ吉〟 には出版「者」としてのチャンスがある。周囲の作家の電子化をまとめて〝みそ吉〟がやって収益を分配すれば、自分で漫画を描かなくてもいい。出版社はいろんなことに手を広げて巨大化するので、安く電子化できない。だから、印税率を低いままキープしようとしている。でも〝みそ吉〟なら高い印税率で出せる。KDPの印税率70%で出して、20%を自分がとって、作家に50%返せばいい。「印税率50%ならやってみる気ない?」って他の作家に声をかけて、十人集めたら?

―― その方が漫画を描くより収入が多くなると。

みそ そう。以前、アマゾンに「僕がそうやって出してもいいの?」って聞いたら、「いいですよ」という回答だった。つまり、僕が出版「者」としてKDPで、他の作家の漫画を出してもいいんですよ。それはでかいなあと思って、実際に何人か声をかけてノリ気な人もいたんですけど、僕も忙しくなっちゃって(笑)

―― あらら(笑)

みそ そういうことをやるにはやっぱり、ある程度原稿を集めて、作って、「こういう感じで満足ですか?」って確認して……そういう打ち合わせだ何だってやらなきゃいけないと思うと、これはやってる時間がないな、と。

―― そういう作業って、意外と時間がかかるんですよね。

みそ その後も「もしやりたかったら協力するよ」って何人かに聞いたんだけど、いまいち「やります!」って人がいなかったんですよ。結局みんなそのまま、電子版は自分でやらずに、出版社から出しちゃってる。あそこで「自分でやる!」って言わないとね。出版社から出す前だったら、自分で出すという選択肢もあったんですけど。

―― 一旦出版社から出しちゃうと、引き上げるのは難しいですよね。

みそ 僕も『銭』はKDPを始める前に、出版社から出しちゃってて。それを引き上げて自分でKDPから同じ作品を出すってのは、既に買ってる読者に対して「どうなんだろう?」と思ったんです。読む側の立場としては、一旦買ったモノはやっぱりそのままキープしておきたいだろうし、続編はそこから出て欲しいだろうし。『銭』の1巻はここだけど、2巻は違う、みたいなのはおかしいだろ、と。だから『銭』はそのまま出版社から出し続けて、それ以外はぜんぶ僕が出すということにした。他の作家にも、まだ電子化してないものは、早めに押さえてしまうべきだってずっと言ってたんですけど……動いた人がどれだけいたかは、分からないです。

―― 結局、「寄らば大樹の陰」みたいな感じなんですかね。

みそ 僕は「どじょう鍋」みたいな状態だと思ってるんですよ。もう鍋がぐつぐつしてきて、だんだんそこも熱くなってくるんだよ? って。でもみんなまだ豆腐の中に入り込んでる状態で、ギリギリ残ってるじゃないですか。外はもう焼け野原かもしれないのに。

赤松先生は漫画家の地位向上のために動いている

―― 『電子書籍で1000万円儲かる方法』の冒頭でいきなり、「大手出版社の年収1000万円を超える給料をもらっている社員が、コツコツ電子書籍を作っても、利益を出すことができない」と書かれていて、思わずのけぞりました。とはいいつつも、確かにみそ先生は比較的、出版社の方と仲良くやられてる印象があります。

みそ 彼らも、どういうふうに個性を出して生き残るか、という能力を売ってるわけです。べつに何もしないで会社に入って、のほほんと生きてるわけじゃないですよね。

―― そうですね。

みそ たまに、そういう人もいますけど(笑)

―― うへぇ(苦笑)

みそ もう、働かない人は厳しい状況になってますよね。漫画家は漫画を描くのが商売だけど、それをうまく描かせるのが向こうの商売。たくさんの漫画家を束ねて利益を配分するという、これまで出版社がやってきたことは、編集者が独立してやればいいと思うんですよ。コルクの佐渡島康平さんみたいな方が、もっと大勢出てくると思ってたんだけど。

―― 少ないですよね。

みそ そういう意味では、やはり「寄らば大樹の陰」というか、本当に切羽詰まったところまでは我慢して頑張ってしまう。これが日本人なんだなーって気がします。僕はわりと見切りが早いんですよ。お金を貯めてタイへ移住する計画だから、出版社と関係が薄くなってもぜんぜん構わない。

―― あー! なるほど!

みそ 電子版の権利を出版社から獲りにいくとき、向こうがそこで「じゃあこれまでの関係ぜんぶ打ち切りで」なんて言ってきても、それはもうしょうがないと覚悟してたんです。そうすると、互いにのっぴきならないところも見えてくる。でも、まだ協力できるところがあるから、一緒にやっていきましょう、って。

―― 赤松先生も、その辺りはうまいですよね。

みそ 上手ですよね! あの人もう漫画家やめちゃっても、まったく問題ないのに。しかも「僕は出版社とは喧嘩しません」って、絶対ぶつからない。

―― そうですよね。

みそ 見事ですよ。作家を代表しながら落としどころを決めて、政治的なところまで介入するなんて。あれは本来は、出版社がやらなきゃいけないことですよ。それを作家が音頭を取ってて。それでいて、まだまだ自分が漫画家として売れることも、ぜんぜん諦めてはいないという。

―― 週刊連載されてるわけですもんね。

みそ 信じられないですよ。ああいう人もいるんだなって。

―― でも、赤松先生も、電子マンガサミットのときはまだ電子書籍にはすごく懐疑的で、「Kindleなんか売れない」とか「三年後もまだぜんぜん紙は置き換わらない」とおっしゃってました。だから、当分KDPなんか見向きもしないんだろうなーと思ってたいら、絶版マンガ図書館で始められましたよね。

みそ あれね、実は当時から裏では既に、やるって言ってたんですよ。「試案はある」って、あの時からずーっと温めてた。赤松先生が言ってたのは、「『あのやり方では』ダメだ」なんです。でも、紙の出版がこのまま良いはずもなく。

―― あー! なるほど。

みそ 赤松先生が壊そうとしているのは、zipで検索してタダで読む違法コピー。ユーザーにダウンロードさせる場所の広告収入は、違法コピー屋とサーバー屋に行ってるだけだ、と。その仕組みをぶっ壊すために動いてますから、僕らとはまるで方向性が違うわけですよね。

―― なるほど……。

みそ 電子マンガサミットで僕やうめ先生が言ってたことは、これから作家が食えなくなるという話。自分自身をブランディングして作者個人が読者と繋がることで、ギリギリ食べていけるんじゃないかということをずっと話してたんだけど、赤松先生自身は食うことに困らない。それよりも、漫画世界全体が違法コピーによって滅びてしまうんじゃないか、ということを考えていた。なんとかして違法コピー文化を潰すために、タダで読めるけど作家は守れる方法を考えたのが、あそこの落としどころだったんだろうなって。非常に独自性、オリジナリティがありますよね。

―― すごいですよね。

みそ すごいですよ。あれは他にはないし、きっとグーグルとかに会社を売ったら、何億って価値がある。収益は作家にぜんぶ戻すと言ってるから、作品が集まってくる。でも、作家に戻ってくる金額って大したことはないんですよ。でも、集まっていることによる相乗効果って高くて。あれをひとまとめにして、どこか……楽天に売るとか、昔考えたらしいんですけどね。

―― ええっ? そうだったんですか?

みそ 相当な金額を出さざるを得ないわけですよ。そうすると、それだけでビジネスとして成功してるわけですよね。漫画家辞めちゃってもぜんぜん平気。だって、五人くらいの会社で回してるわけですよね。だから、会社ごと売っちゃえばペイするんですよ。素晴らしいな、と。あんなこと、他の誰にも真似できないですよ。

―― 天才的ですよね。でも、漫画家の赤松先生がやっているからこそ、他の漫画家の方が乗ってきてくれたってのはありますよね。

みそ そうそう、それと、まったくお金取らなかったこと。どういうボランティアだよ、と。怪しいなあ、まとめて売るんでしょ? って、僕とうめ先生は言ってて。

―― まあ、バイアウトくらいしか考えられないですよね。

みそ でもね、あれは最終的に、やっぱり漫画家の地位向上のために動いてるんだなって思いました。ある意味、ベゾスに似たような。儲けじゃなくて、何か取り憑かれたようにカスタマーのために動く、みたいな。赤松先生は、そういう世界の住人の一人なんじゃないかと僕は思ってます。

うまくいってることはいじくらない

―― みそ先生はいま、基本的にKindle独占でやられてます。noteにはだいぶ関心を持たれているみたいですが、それ以外にも直接やれる手段ってありますよね。例えば、iBooks Storeとか……楽天Koboもたぶん年内にはセルフパブリッシングを始めます。

みそ 楽天がセルフパブリッシングを始めるのはすごく良いことで、そうなるとアマゾンは今後も独占70%という抱え込みのための条件を維持するんだろうか? ってのがありますね。本来は、いろんなところで出した方が、作家にとっても、読者にとってもプラスじゃないですか。あのアマゾンの抱え込み戦略は、圧倒的優位なときはいいですけど、競合してくると変えざるを得なくなるのか。それとも、パワーバランスが変わらず、そのまま同じ条件でいくのか。

―― 競争があるのは良いことですよね。

みそ まあ、僕らからしても、できるだけいろんなところがあった方がいいんですよ。これは楽天だけで出そうか、とか。どこの電子書店に行っても並んでるのがベストですけど、でも「ここでしか買えない」っていうのも一つの戦略ですよね。以前一応、iBooks Storeで出したらどうだろうか? というのは考えたんですよ。でも、いまのところ、Kindleが非常にうまく回ってる。うまくいってることは、いじくらないってのが僕の信条なんです。

―― あ、なるほど。

みそ 講談社ブルーバックスから出してる『マンガ 化学式に強くなる』と『マンガ 物理に強くなる』は、十数年前に出したときからずっと毎年少しづつ重版がかかってるんです。初版2万部だったのが、もう12万部くらいになってる。高校生くらいの学生が、副読本的に買うんですよ。書店のブルーバックスの棚にも必ず置かれていて、なくなると補充されてまた置かれるという、書店と非常に親和性が高い。紙でこれだけ毎年動いていて現役で回ってる本はいじくらない方がいいなと思って、電子化するのはいまのところやめているわけです。原作の先生もいるんで、そこを巻き込んで講談社から独立して、僕が先生に払う形になるのも面倒くさいなと。

―― 確かにその分配作業も、すごい手間なんですよね。あ、そうか、だからうめ先生(小沢高広氏)と共著になってる『電子書籍で1000万円儲かる方法』も、直接ではなく出版社から出されてるんですね。

みそ そうです。あれね、KDPで出してもいいって話だったんですよ。「我々は紙の本を出します。電子版も、アマゾン以外で出します。アマゾンは、先生が直接どうぞ」って。でもそうすると独占じゃないから、印税率が35%になっちゃうんですよ。35%を二人で分けると一人あたり20%切ってる。じゃあ、出版社から出したら何%になるの? って、交渉したんです。出版社から出しても印税率がKDPと同じくらいなら、僕らはKDPで出す必要ないわけで。

―― 確かにそうですね。

みそ KDPで面倒なのは、印税を一人の作家に対してしか払ってくれないんですよ。僕にしろうめ先生にしろ、KDPでやったら毎月相手に印税を振り込まなきゃいけない。じゃあその振込手数料とか、消費税は? とか、そんな面倒くさいことを毎月やりたくないわけですよ。逆に、出版社はそういう仕組みを持っていて、一年に一回売れた分だけ振り込んでくれて、伝票も出してくれる。じゃあ出版社にお任せするとしたら、何%出してくれるの? って交渉をしたら、結構な数字を提示してくれた。じゃあ、KDPでやらないから、紙も電子版もぜんぶそちらでやってくださいって話になったんです。

―― そうか、交渉材料にできるわけですね。

みそ そう、これは僕らにKDPという切り札があるからできる交渉なんですよ。最終的には、僕らは自分で出すこともできる。でも印税率上げてくれるんだったら、お願いするって。これね、うめ先生が非常に交渉上手なんですよ。僕が「このくらいの数字だったらいいよ」って言ったら、「いや、まだまだいけますよ」って(笑)

―― そういう交渉ができるようになったのは、すごく大きいですよね。昔は言いなりになってたわけですから。

みそ そうなんですよ。僕らは、原稿料が振り込まれて初めて金額を知るような仕事をずっとやってきた。先に原稿料がいくらというのを話さないままでやってきたから、交渉なんかできるはずもなかったんですよ。アマゾンKDPが出てきて、やっとそういう話ができるようになった。もし他のみんながやらなくても、「鈴木みそはアマゾンに行ってこんなに稼いでるよ」という情報が、他の人の交渉カードになるかもしれない。契約更新で、次の三年も同じ条件でという話を、今回は二年にしましょう、とか。出版社からの電子版は停止するとか、印税率の交渉だってできるはずなんですよ。そういう交渉ができるようになっただけ、ずいぶん見通しが明るくなりましたよ。それまでは、暗黒だったんだもん。

―― 情報は武器になるってことですね。

みそ そうです。だから楽天Koboにも始めて欲しいし、いまでもiBooks Storeで出せる。「出せる」ということによって、アマゾンも作家や出版社に対してもう少し柔らかい対応をせざるを得なくなるかもしれない。よりオープンになっていくことは、いいことですよね。

漫画の中とは違い、ステマはやってません

―― 『ナナのリテラシー』のあとがきで、「どこまでがフィクションで、どこから本当の話なんだろう。そう思ってしまったらこの漫画の狙いは成功です」とありました。漫画の中で〝みそ吉〟が印税を出版社へ戻す提案をしたら編集長が「いらないよ」と男気を見せたのは、エンターブレインとみそ先生が交渉されたときの話そのままですよね。

みそ はい、そのままですね。どこまでがフィクションかというと、〝みそ吉〟のところはかなり本当なんですよ。でも、漫画の中でコンサルの山田仁五郎は〝みそ吉〟にナイショで「ステマ」をやるじゃないですか。僕自身はステマなんかやってないんですよ。アマゾンでのステマは不可能ではないけど、すごく大変だから「あれは労力に見合わない」って話を以前聞いてて。

―― まあ、見合わないでしょうね。

みそ Kindleは1人で同じ本を何部も買えないから、ランキングを操作するにはバイトを雇ってみんなで一斉に買うしかないって聞いて、「じゃあその話は漫画に入れよう」と思ったんです。漫画の中ではあえてそういうことをやらせて、「プロってのは結果が出るように仕向けるのさ」っていうセリフで説得力を持たせてますけど、そんなことやったって儲からないし。

―― あははは(笑)

みそ でもね、本気で僕がステマをやったと思ってる人もいるんです。アマゾンレビューに「鈴木みそなんて、ランキング操作してるくせに」なんて書き込みがあって。ああ、こういうふうに読み違える人もいるんだなあ、それもまた一考なりと。

―― そんなこと書かれてるんですね。では、ここで改めて「ステマなんかやってません」と、明確にしておきましょう。

みそ そうですね。あと、渋る〝みそ吉〟に対し仁五郎が「こうやればいいんだよ」って言う場面では、僕の中の意見を半分にわけてやってます。僕はそれほど出版社と対峙することを恐れていない。僕みたいにシニカルなキャラより、〝みそ吉〟の方が一般の漫画家っぽいですね。僕はどちらかというと、山田仁五郎のキャラに近いんですよ。

―― 仁五郎に、みそ先生のシニカルな人格がちょっと入っているわけですね。

みそ そう。あとは、僕が実際に他の漫画家を誘ったときの、みんなの腰の引け方なんかが〝みそ吉〟に入ってる。そうしておくと、『ナナのリテラシー』を読んでくれた漫画家が、「ちょっとやってみようかな」って考えてくれるかもしれないと思って。

―― ああ、なるほど。

みそ そういう意味ではストーリー漫画って面白いな、って感じてます。僕がストーリー漫画を描き始めたのは『銭』からなんですけど、それまでは取材モノのノンフィクション中心だった。こうやってフィクションの中で展開した方が、案外そこに本質的なモノを描き出すことができるのかもしれないって思いますね。本当のことって、そのまま描けないじゃないですか。

―― 虚構の世界の方が、本当のことが描きやすい?

みそ そう、実名を出したら描けないけど、フィクションだと「違う人」だから本当のことが描ける。ノンフィクションで描けるギリギリのところまで情報を操作するより、始めから「架空ですよ」と言いながら「でもどこまで本当のことを描いてるか分からないですからね」という方が案外本当っぽいかなって。そっちの方がリアルに読者へ伝わっていくのかもしれないですね。

〈後編へ続く〉

漫画家・鈴木みそさんへのインタビューなどが掲載されている『月刊群雛(GunSu)2014年12月号』は刊行リストか、下記表紙画像のリンク先からお求め下さい。誌面は縦書きです。

(posted by 群雛ポータル編集部)

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