小説『一滴の光にも』が『月刊群雛』2015年10月号に掲載! ―― 作品概要・サンプルと川瀬薫さんインタビュー #群雛

作品情報&著者情報
『月刊群雛』2015年10月号

『月刊群雛』2015年10月号には、川瀬薫さんの小説『一滴の光にも』が掲載されています。これはどんな作品なんでしょうか? 作品概要・サンプルとインタビューをご覧ください。

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作品概要

 主人公の晶子あきこに主観を置いて、登場する人物、つまり家族や友人の視点を複合的に書き込みました。私の最も敬愛する作家の一人、中上なかがみ健次けんじ先生の「紀州サーガ」や、尊敬する作品集『千年の愉楽』の、至福に満ちた文体の雰囲気作りを模倣させて頂いたつもりです。内容は、晶子の家族と、友人の寛子ひろこたちの生活が実りの秋へと向かう、最後の「桜町」という架空の場で、夏祭りでの高揚と終わりの儚さを描きました。ラスト・シーンの花火が打ち上がるシーンで、読者のカタルシスを誘うように書き込んだつもりです。全体的に読み手である読者のノスタルジーを喚起するようにして、桜町の夏の最後の夏祭りというストーリーの色付けをした小説です。

一滴の光にも

 一九八五年の夏の日だった。八月十五日の終戦記念日に、玉音放送を聴かせられた、ということを、祖母の美恵子みえこから晶子あきこは何度も耳にしていた。日本がアメリカやイギリスを相手にした無謀な戦いに敗れたということを、夏が来る度に美恵子は、晶子に涙ながらに語るのだった。庭に夏の花が咲き、樹液を吸っていた蝉が一匹大きく羽音を立てて飛び去った。晶子は、美恵子の出す、ビール会社の刻印が入ったコップの冷えた麦茶を口にしながら、想像も出来ぬ昔の日本の戦争について考えを巡らせた。ふと見ると、汗のかいたコップから水滴が一滴垂れた。
「暑いねえ」と美恵子は、タオルで汗を拭いながら納得するまで語り終えると、そう独り言ちた。
「爺ちゃんは何をしている?」と晶子がテレビの台の前に置いてある団扇を取り上げると、美恵子は「お仏壇の前にいるのでしょう」と言い、香炉を持ちながら晶子の祖父の政昭まさあきがいる奥の部屋へと入って行った。
 夕暮れの気配が晶子の家を包んでいた。コオロギがもう鳴いているのか、と晶子は思ったが、実際には夜の夏の風が、木々をざわめかせているのだった。晶子はそれを幻聴のように思った。

 政昭は、仏壇のある部屋から、背中の汗疹が痒い、と笑いながら出てきた。ランニングシャツを一枚着た政昭の腕に、黒い染みのようなものができていることに晶子は気づいた。晶子はよく政昭からお釈迦様の話を聞かされた。戦争の終わった日になると、晶子の祖父はお経を読み上げて、命を落とした戦友たちを追悼するという。晶子はそんな祖父を尊敬していた。
恆存つねありはどうしている?」と美恵子が心配そうな声をして、窓のサッシを開けた。夕飯の時間の近くになっても、晶子の弟の恆存は、家に帰って来なかった。
「今日は奮発して肉を焼くのに、恆存は帰って来ないな」と政昭が機嫌を損ねたのか、顔をしかめた。
 晶子の父の昭之あきゆきも自転車に乗って、野菜の宅配の仕事から帰って来た。大粒の汗を流しながら、「晶子、少し近所の公園まで恆存の様子を見てきてくれるか?」と昭之が頼んだ。
 晶子はぶつぶつと、文句を呟きながら、恆存を探しに公園へと向かった。

 夏が持つ特有の生暖かい風が晶子の肩に切り揃えられていた髪を撫でた。晶子は、以前に高校の古典の授業で源氏物語を習ったことを思い出した。煙草臭い国語教師は、チョークで黒板をなぞって難解な古語の一つ一つを説明しながら、平安中期の時代には、夜になると生き霊が出るのだと、説明したことを晶子は思い出したのだった。まだ夏が来る前のことだった。なるべくならば、明るい場所を歩いた方が安全だと思い、晶子は街灯の側の植え込みの道を選んだ。後ろから、一瞬誰かが近づいて来るのを感じて晶子は冷や汗を流したが、心配をした昭之が付いて来てくれたのだった。
「誰かと思ったら、お父さんね」と晶子は安堵した。
「晶子一人に任せると、危ないと思って父さんも付いてきたよ」と昭之が答えた。ゴツゴツとした父の手を握って歩くと、夏の夜が近づいていても、妙な安堵感を晶子は感じたのだった。

※サンプルはここまでです。

川瀬薫さんインタビュー

川瀬薫

―― まず簡単に自己紹介をお願いします

 川瀬薫(かわせ・かおる)と申します。大学在学中に文芸サークルに所属し、エッセイや小説を書いていました。高校在学中に、教科書で扱った梶井基次郎(かじい・もとじろう)の『檸檬』に衝撃を受けて、小説を書き始めました。また、芥川龍之介(あくたがわ・りゅうのすけ)の『侏儒の言葉』を参考にして、アフォリズム集をノートに自作していました。現在、書店や市場に流通している小説は、暴力や性表現が無駄に過剰だと思います。私個人としては、それを否定したいと思い、読者(読み手側の方)の心の芯にまで余韻を残すような、小説作品を完成させることを目標としています。また、人間疎外(生身の身体の接触や、SNSなどのネットワークツールを含む)という現代の大きな問題があるので、なるべく作品中には、スマートフォンやインターネット、SNSを出さないように心掛けています。代表作は、一九六〇年代の東京を舞台に置き、青春恋愛群像を描いた『ソフト・パレード』(Amazonで佐々木雄太名義にて電子書籍で発売中)です。代表作の総決算を目指して、文芸部を舞台にした青春ジュブナイル小説『スクランブルエッグの時代』を書き進めています。ある意味として、現代の社会は飽和して死の状態へと向かっている……と、詩人・思想家の吉本隆明(よしもと・たかあき)氏が意見を述べていましたので、微力ながら私個人としましても舞台設定を、なるべくならば現代に置かない方が良い小説が出来るのではないか、と最近思い考えています。十代の孤独な少年や少女にも、簡単な言葉で共感の出来る作風・文体へと切り替えられないか、と模索している最中です。

◆公式サイト:『川瀬薫のHomePage』
http://www.kaoru-kawase.jimdo.com/
◆ブログ:『川瀬薫のブログ』
http://www.kaoru-kawase.blogspot.jp/

―― この作品を制作したきっかけを教えてください

 文芸評論家の先生がご指導なさっている小説講座に通っているのですが、そこでの合評と批評用提出作品として、制作に当たりました。

―― この作品の制作にあたって影響を受けた作家や作品を教えてください

 何と言っても、中上健次(なかがみ・けんじ)先生が筆頭です。合わせて、大江健三郎(おおえ・けんざぶろう)やヘンリー・ミラーも参考にしました。具体的な作品名を挙げますと、『岬』、『千年の愉楽』、『万延元年のフットボール』、『南回帰線』などで、勉強をしながら、書きました。

―― この作品のターゲットはどんな人ですか

 先に述べました小説講座の合評会の知人の方からは、「これは反戦小説ですか?」との質問を受けましたが、そのような意識は全くありません。身体の接触とでも言いましょうか、生身の交流の露出をあまり経験していない、作者自身である私を含め、三十歳以下、若しくは、五十代以上の方など、幅広い年代の方に見せることを意識して書きました。

―― この作品の制作にはどれくらい時間がかかりましたか

 書き上げるのに二週間。細かい手直しに一週間です。合わせて三週間になります。とても短い小説ですが、辻褄を合わせるために、周囲の人に助言をもらうのに時間がかかりました。

―― 作品の宣伝はどのような手段を用いていますか

 やはりSNSに頼らざるを得ません。特に電子書籍になると、インターネット上でのプロモーションが命であると、痛感させられます。具体的には、ホームページ、ブログ、ツイッターなどです。色々とプロモーションのための書籍を読みましたが、読者の輪を作り上げることが、宣伝の要であるそうです。

―― 作品を制作する上で困っていることは何ですか

 小説を書いていること自体に対する、周囲の偏見の目です。また、ストレートに言ってしまえば、インディーズ作家は無名である、ということです。商業ベースに乗らないと、周囲の人は中々理解を示してくれません。また、私自身は大学を卒業しなかったことが、作品制作に大きく影響を及ぼしていると思いました。人生もそうですが、小説も勉強が第一だと痛感させられます。

―― 注目している作家またはお気に入り作品を教えてください

 ほとんど亡くなられた作家が多いのですが、今現在ですと、中原昌也(なかはら・まさや)さんの『知的生き方教室』は、とても示唆される部分が多い作品でした。文章を書くことに疲れると、宮本輝(みやもと・てる)さんのエッセイや、『青が散る』や『道頓堀川』などの小説を読み返すことが多いです。

―― 今後の活動予定や目標を教えてください

 十代の読者に向けての、青春ジュブナイル小説『スクランブルエッグの時代』を書いています。よろしくお願いいたします。

―― 最後に、読者へ向けて一言お願いします

 暴力と憎悪の渦に巻き込まれないようにしましょう。小説は人と人とを繋ぐツールだと私は思っています。

川瀬薫さんの作品が掲載されている『月刊群雛』2015年10月号は、下記のリンク先からお求め下さい。誌面は縦書きです。

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