『月刊群雛』2015年12月号には、川瀬薫さんの小説『青い欄干』が掲載されています。これはどんな作品なんでしょうか? 作品概要・サンプルとインタビューをご覧ください。
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作品概要
古き良き失われてしまった時代の、新宿を巡る川のほとりにあるジャズ喫茶が舞台です。川の流れに託して、人生に翻弄される人々の情景や心の移り変わりを叙情的に描きました。社会の下の方で力強く生きる人々を綿密に書き込んだ小説です。大学を辞めることを考えながらも、毎日川を眺めながら暮らし生きる喫茶店のボーイの正志、同じくウェイトレスとして働く百合子、高校を中退し、ジャズ奏者となった田邊、田邊を見守る、夜の仕事で働くみすずが主な登場人物です。登場人物たちは皆、どこかしら人生に投げやりになりながらも強く生きる方法を模索しているので、そこが作品の主題になっています。
―― 新宿のジャズ喫茶を巡る小説です。
青い欄干
夜、新宿駅の界隈をくぐり抜けていくと、ムッとする程の人いきれを、正志は感じた。サラリーマンの汗の染みついたスーツから匂う体臭、キャバレーの呼び込みの派手な化粧をした女たち、そして物を乞う人々。そのすべてを川から泳ぎ切るようにやっとこさと、かき分けていくと、正志がボーイとして勤める喫茶店が目の前に見えてきた。大学帰りだ。今日も一日、手を焼く客たちの相手をしなければならないだろう、と正志は思った。
チリン、チリン、と良い鈴の音がするドアを開けると、グラスを拭いているマスターの富田の姿が見えた。黒ずくめの服で体を覆っているウェイトレスの百合子の背中も見えた。
今度は音楽が、正志の身体を包んだ。『マイ・フェイヴァリット・シングス』という曲だった。ジョン・コルトレーンの吹くソプラノ・サックスの繰り返しのフレーズが、正志の耳に大音量で響いてきた。
「マスター、大学終わりましたよ」と、正志が言うと、
「ああ、ご苦労様。早速アメリカンをお客さんに運んでくれないか」と富田が答えた。
喫茶店『一風堂』には早くも客が入っていた。厄介な客は、今日はまだ来ていないな、と正志は思った。百合子はせわしなく動き回り、客の灰皿を片付けたり、テーブルを布巾で拭いたりしていた。夕暮れの時刻が終わり、夜になると、正志がボーイとして働く新宿の『一風堂』に、人が集まり始める。一日の虚妄や退廃、寂寥をジャズで洗い流し清めるように、老いも若きも正志の勤める店へと足を運ぶのだ。
コルトレーンのサックスがやっと鳴り止んだ。富田が客の食べ終えた軽食の皿をガチャガチャと洗い終えると、ようやく店内に話し声が通るようになった。
「田邊さんは今日はいらっしゃらないんですか?」と、正志がマスターに聞くと、
「ああ、彼には来週には店に来てもらうように頼んである。今日も夜更けまで河原でアルトの練習をしているのだろうね」と、富田が答えた。
『一風堂』を経営するマスターの富田は、基本的にコーヒーや軽食などを頼んだ客のリクエストに答えて、収集したレコードの中から客の好みのジャズのレコードをかける。富田は客の注文には文句をつけないが、フリーつまりフリー・ジャズだけは、暗黙の御法度になっている。なので、『一風堂』に訪れて、コーヒーを頼み、フリーをリクエストする客は新参者だと、すぐに正志にも、ウェイトレスとして勤める百合子にも分かる。
『一風堂』で時々、生演奏をする田邊という男は、アルト・サックスの奏者だ。高校在学中にジャズに夢中になり、教師と喧嘩をし、高校を中退して家を飛び出したという。みすずという名前の水商売の女と同居をしていて、いつも河原の水が流れるたもとでサックスの練習をしている。
※サンプルはここまでです。
川瀬薫さんインタビュー
―― まず簡単に自己紹介をお願いします
群雛は二回目の登場になります。川瀬薫(かわせ・かおる)と申します。高校生の時から、ちょこちょこと小説を書いていました。大学を辞めてから、毎日図書館に通い、本を読みながら少しずつ小説の勉強をし始めました。最近は、小説と並行して脚本の勉強もしています。代表作は、一九六〇年代の東京を舞台に、青春恋愛群像を描いた『ソフト・パレード』(Amazonで佐々木雄太名義にて電子書籍で発売中)です。代表作の総決算を目指して、文芸部を舞台にした青春ジュブナイル小説『スクランブルエッグの時代』を書き進めています。最近になりやっと、第一章が完結いたしました。社会を巡る状況は益々、劣悪化を極めていると思います。いつ自分の生活が脅かされるか……。不安を抱いて生活をされている方も多いと思います。小説は人と人とを繋ぐツールと前回のインタビューでお答えさせて頂きましたが、年末が近づき、最近はこれまでにも増してその感を強めています。近頃は毎日、作家の村上春樹(むらかみ・はるき)氏のエルサレム賞でのスピーチ、「卵と壁とシステム」のことを考えています。柔らかな魂を持った卵を、硬いシステムが押し潰してしまうのか……。若輩者ですが、日々の情報を収集するにつけ、村上春樹氏のスピーチを念頭に置きながら小説を書くことを考えています。
◆公式サイト:『川瀬薫のHomepage』
http://www.kaoru-kawase.jimdo.com/
◆ブログ:『川瀬薫のブログ』
http://www.kaoru-kawase.blogspot.jp/
―― この作品を制作したきっかけを教えてください
中上健次(なかがみ・けんじ)全集を読んでいたところ、初期作品に「新宿とジャズ」をテーマにした作品が多いことがわかりました。Amazonで購入した三色ボールペンでノートにメモなどを書き始めたところ、たまたま短編作品として仕上がりました。
―― この作品の制作にあたって影響を受けた作家や作品を教えてください
アメリカの詩人・作家のチャールズ・ブコウスキーの諸作品、吉本ばなな(よしもと・ばなな)さんの『ムーンライト・シャドウ』という短編作品、村上春樹さんの『ノルウェイの森』と『国境の南、太陽の西』です。
―― この作品のターゲットはどんな人ですか
社会の中で精いっぱいに生きる方、読んで下さる方全年齢を対象に考えました。ターゲットを考えたのは、後に読み返してからの印象ですが……。出来れば私よりも下の世代、十代の方に読んで頂きたいです。
―― この作品の制作にはどれくらい時間がかかりましたか
書き上げるのに一カ月かかりました。手直しは一週間くらいでしょうか。今回は、ほとんど回りの人に意見を求めずに制作しました。
―― 作品の宣伝はどのような手段を用いていますか
ホームページとTwitterが主な手段ですが、最近はTwitterも政治的なツイートを目にする機会が多く、安易な発言が出来ないので、このことには本当に困っています。文章は書きますが、プロモーションのベストと思える最適な手段は中々見つかりません。
―― 作品を制作する上で困っていることは何ですか
社会状況の変化です。これは目に見えない部分で、個々の人の感情の変化に影響を及ぼしていると思います。具体的には、国内外の悲惨なニュースを見た時の、感情の変動でしょうか。
―― 注目している作家またはお気に入り作品を教えてください
十代の時に読んでいた村上春樹さんの作品の良さに、最近再読して改めて気付きました。
具体的には、『中国行きのスロウ・ボート』、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『パン屋再襲撃』などです。どの作品も文章が明確、感情の機微を捉えていると思います。これから、村上春樹さんの全作品を読み返す予定です。
―― 今後の活動予定や目標を教えてください
『スクランブルエッグの時代』を完成させることです。
―― 2015年に読んだ書籍ベスト3を教えてください
・『佐藤泰志作品集』 佐藤泰志(さとう・やすし)
http://www.amazon.co.jp/dp/490668128X/
『そこのみにて光輝く』、『きみの鳥はうたえる』、『海炭市叙景』など、収録作品はどの作品も推薦できます。近年映画化され、急速に再評価が進んでいるのには、何か理由があるのではないでしょうか。
―― 最後に、読者へ向けて一言お願いします
小説を書く、書かないに関わらず、日々の生活が送れればそれで良いと思っています。柔らかな魂を持った卵として、社会の中で生きているだけで、人は皆価値があるのだと思っています。
川瀬薫さんの作品が掲載されている『月刊群雛』2015年12月号は、下記のリンク先からお求め下さい。誌面は縦書きです。
《 感想 》
群雛2015年12月号
川瀬薫『青い欄干』
文学未満。
主題がはっきりしないまま、なんとなく雰囲気で書いている印象。
主人公を観察者として百合子にクローズアップするなり、田邊にクローズアップするなり焦点を決めた方が面白い。
#群雛
— 潮見佳助 (@Keisuke_Shimi) 2015, 12月 23
インディーズ作家よ、集え!
NPO法人日本独立作家同盟は、文筆や漫画など自らの作品をセルフパブリッシング(自己出版)している方々の活動を応援する団体です。コミュニティ運営、雑誌『月刊群雛』の発行、セミナーの運営などを行っています。
http://t.co/fGhoghLQ0R
— NPO法人日本独立作家同盟 (@aia_jp) 2015, 8月 20
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